企業価値評価の最新手法とその活用シーン(実務で迷わない“使い分け”ガイド)
企業価値評価(Valuation)は、「正解を1つ当てる作業」ではなく、目的に合う見立てを、複数手法で整合させていく作業です。M&Aの価格交渉、資金調達、ストックオプション、減損テスト、事業ポートフォリオ再編など、使いどころが増えるほど“評価の作法”が重要になります。
この記事では、基本3アプローチを押さえたうえで、近年実務で使われやすい“発展形(最新系)”の手法と、活用シーン別の使い分けをまとめます。
1. まず押さえる:企業価値評価の「基本3アプローチ」
企業価値評価は大きく次の3系統に整理できます。
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インカム・アプローチ(将来キャッシュフロー起点)
例:DCF、配当割引、超過利益(残余利益)モデル -
マーケット・アプローチ(市場の相場起点)
例:類似会社比較(マルチプル)、類似取引比較 -
コスト・アプローチ(資産の積み上げ起点)
例:時価純資産、清算価値
結論から言うと、実務では 「DCF × マルチプル × 純資産」 の“3点セット”で土台を作り、案件の性質に応じて発展手法を追加するのが安定です。
2. “最新手法”として実務で効く:発展型バリュエーション7選
(1) DCFの高度化:シナリオDCF/確率加重DCF
「売上成長が読めない」「規制・競争でブレる」企業は、単一計画のDCFだと危険です。
そこで、複数シナリオ(強気・中立・弱気)×確率で期待値を作る「確率加重DCF」が効きます。
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向く場面:新規事業、海外展開、規制産業、PMI前提の買収
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強み:交渉で説明しやすい(“どの前提が価値を動かすか”が見える)
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注意:確率が“感覚”になりやすい → 根拠(市場規模、受注残、解約率等)を置く
(2) 残余利益モデル(Residual Income)/EVA:会計と経済価値をつなぐ
DCFが「キャッシュフロー中心」なのに対し、残余利益モデルは**“資本コスト控除後の利益”**で価値を捉えます。EVAは残余利益の商用実装として有名です。
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向く場面:金融・保険、会計利益が比較的安定、投資家向け説明、事業部別の価値管理
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強み:ROIC/WACCと一体で議論しやすい(経営管理に落ちる)
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注意:会計方針・一過性損益の調整が重要(「見かけの利益」で誤る)
(3) リアルオプション:不確実性を“権利”として価値化
R&D、資源開発、プラットフォーム投資のように、「今すぐ儲からないが、将来の選択肢が価値」になる案件では、DCFが過小評価しがち。
リアルオプションは、投資の柔軟性(拡大・延期・撤退など)をオプションとして評価します。WIPOもIP評価の文脈でリアルオプションを解説しています。
実装面ではモンテカルロ・シミュレーションを使った評価アプローチが広く知られます。
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向く場面:研究開発、特許/IP、再エネ、鉱区、ゲーム/コンテンツ、段階投資
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強み:“不確実性が高いほど価値が上がる”構造を説明できる
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注意:モデル化コストが高い(入力変数と分布の設定が肝)
(4) LBOモデル:買い手(スポンサー)の意思決定を再現する
PE(ファンド)やレバレッジを使う買収では、買い手は「IRRが出るか」で価格上限を決めがちです。LBOモデルはその意思決定をそのまま再現します。
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向く場面:PE売却、MBO、ノンコア事業のカーブアウト
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強み:資本構成・返済計画・配当方針まで含めた“現実の買収可能価格”が出る
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注意:借入条件が変わると結果が激変(金融環境・信用力の反映が必要)
(5) VCメソッド:スタートアップの“出口”から逆算
スタートアップは初期にCFが赤字で、DCFが機能しにくいことが多いです。そこで想定Exit(年・マルチプル)から現在価値へ割り戻すVCメソッドがよく使われます。
また、資金調達では「プレマネ/ポストマネ」の定義の握りが交渉の土台になります。
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向く場面:シリーズA〜C、成長率が高いSaaS、DeepTech(ただし前提重め)
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強み:投資家が理解しやすい(投資の論理に沿う)
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注意:Exitマルチプル前提が雑だと一気に破綻(類似上場・類似M&Aの参照が必須)
(6) “ユニットエコノミクス × マルチプル”:SaaS/サブスクに強い
SaaSの評価は、EBITDAが薄い段階でも、ARR、NRR、LTV/CAC、解約率などの“顧客経済”が価値を左右します。
このとき、マルチプルも「EV/EBITDA」より「EV/ARR」「EV/売上」等が中心になり、成長率・継続率で補正するのが実務的です。
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向く場面:SaaS、D2Cの定期便、プラットフォーム
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強み:“何を改善すれば価値が上がるか”が直結する
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注意:売上の質(解約・割引・チャネル依存)を分解しないと危険
(7) 無形資産・IP・データの価値評価:PPAや技術価値の要請増
買収後のPPA(取得原価配分)や、技術・ブランド価値の説明が必要な場面では、**顧客関係、商標、技術(特許)**など無形資産の評価が前面に出ます。リアルオプションがIP評価と相性が良い点も示されています。
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向く場面:買収後会計、ブランド買収、技術買収、共同研究の価値算定
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強み:「企業価値の中身」を説明できる(交渉・会計・税務に効く)
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注意:評価の前提(ロイヤルティ率・耐用年数等)が論点化しやすい
3. 活用シーン別:どの手法を使うべきか(早見)
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M&A(事業会社同士)
基本:DCF(シナリオ)+マルチプル+時価純資産
追加:無形資産(技術・顧客)評価、シナジーの切り分け -
PE・MBO・カーブアウト
基本:LBO+DCF(保守)+マルチプル -
スタートアップ資金調達
基本:VCメソッド+プレ/ポストの整理
追加:ユニットエコノミクス、ARRマルチプル -
経営管理(事業部評価・投資判断)
基本:EVA/残余利益+DCF -
不確実性の高い投資(R&D、再エネ、IP)
基本:リアルオプション(必要に応じモンテカルロ)
4. 実務で失敗しない:評価設計の5ステップ
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目的を固定(交渉価格?会計?税務?社内投資判断?)
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価値のドライバーを特定(成長率、粗利、運転資本、投資、WACC、継続率 等)
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ベースを3点セットで作る(DCF×マルチプル×純資産)
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案件特性で発展手法を足す(LBO/VC/リアルオプション/EVA等)
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“レンジ”で合意する(一点の数字より、論点と感度が重要)
まとめ
「最新の企業価値評価」は、魔法の新手法が1つ増えるというより、不確実性(シナリオ・確率)/資本コスト(EVA)/柔軟性(リアルオプション)/買い手論理(LBO/VC)/無形資産を、目的に応じて組み合わせる方向に進化しています。
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