海外企業との契約では、法務担当者や弁護士が契約書を確認していても、税務上のリスクまで十分に検討されていないことがあります。
英語契約書には、取引金額、支払条件、税金の負担者、役務の提供場所、知的財産権の使用条件など、税額や会社の利益を左右する重要な情報が記載されています。
特に注意したいのが、次のようなケースです。
・海外企業への支払いに源泉徴収が必要だった
・契約金額とは別に日本側が税金を負担することになった
・租税条約の手続きが間に合わなかった
・海外クラウドサービスの消費税処理を誤った
・海外子会社との契約金額が移転価格税制上問題になった
・輸入条件を確認せず、想定外の関税や輸入消費税が発生した
英語を日本語に翻訳するだけでは、こうした問題は見つけられません。
重要なのは、英語契約書を「法律上の約束」だけでなく、税金・資金繰り・採算を決める経営資料として読むことです。
1.最初に「何の対価なのか」を確認する
税務チェックの出発点は、その支払いが何の対価なのかを明確にすることです。
例えば、海外企業への支払いでも、内容によって税務上の取扱いは異なります。
・商品の購入代金
・コンサルティング報酬
・技術指導料
・ソフトウェア利用料
・特許権や商標権の使用料
・広告宣伝費
・システム開発費
・利息
・配当
・業務委託料
契約書の表題が「Service Agreement」になっていても、実際の内容がソフトウェアやノウハウの使用許諾であれば、税務上は「使用料」と判断される可能性があります。
反対に、「License Fee」と書かれていても、実態として単純なサービス提供にすぎないこともあります。
税務では、契約書の名称だけでなく、実際に提供される権利・サービス・成果物の内容を確認しなければなりません。
2.契約当事者と税務上の居住地を確認する
契約書の冒頭にある「Parties」の欄では、次の情報を確認します。
・正式な法人名
・設立国
・本店所在地
・契約を締結する支店や事業所
・支払いを受ける法人
・請求書を発行する法人
・銀行口座の名義人
海外グループとの取引では、契約相手、請求書発行者、送金先が別々の会社になっていることがあります。
例えば、契約相手は米国法人であるにもかかわらず、請求書はシンガポール法人から発行され、送金先は別の国の銀行口座になっているケースです。
このような場合、租税条約を適用できる国や、所得の実質的な受取人が誰なのかを確認する必要があります。
非居住者や外国法人については、日本国内で生じた「国内源泉所得」が日本の課税対象となります。したがって、相手が海外法人だから日本の税金は関係ない、とは限りません。
3.海外送金に源泉徴収が必要か確認する
英語契約書を確認する際、最も重要な項目の一つが源泉所得税です。
海外企業に対する次のような支払いは、取引内容や役務の提供場所によって、日本で源泉徴収が必要になることがあります。
・特許権、商標権、著作権等の使用料
・ソフトウェアやノウハウの使用料
・日本国内で行われる人的役務の提供対価
・利息
・配当
・国内不動産の賃借料
一方、海外で完結する一般的なコンサルティング業務など、必ずしも源泉徴収の対象にならない支払いもあります。
判断するときは、少なくとも次の点を確認します。
・誰がサービスを提供するのか
・サービスはどの国で行われるのか
・日本への出張や派遣はあるのか
・成果物だけを納品する契約なのか
・知的財産権の使用を含んでいるのか
・報酬の中に複数の対価が混在していないか
日本に事務所などを持つ支払者が、源泉徴収の対象となる国内源泉所得を外国法人等に支払う場合、海外口座への送金であっても源泉徴収が必要になることがあります。
「海外送金だから源泉税はない」と判断するのは危険です。
4.Tax ClauseとGross-up Clauseを確認する
英語契約書には、税金の負担について次のような条項が入っていることがあります。
・All taxes shall be borne by the payer.
・Payments shall be made free and clear of any deduction or withholding.
・The payer shall gross up the payment.
・The recipient shall receive the full amount stated in this Agreement.
特に注意が必要なのが、**Gross-up Clause(グロスアップ条項)**です。
これは、源泉徴収が必要な場合でも、海外企業が契約金額の全額を受け取れるよう、日本企業が税額分を上乗せして支払う条項です。
例えば、海外企業に100万円を手取りで保証し、源泉税率が10%である場合、単純に100万円を支払って10万円を納税するのではありません。
支払総額は約111万1,111円となり、そのうち約11万1,111円を源泉税として納付し、海外企業に100万円を送金することになります。
その結果、日本企業の実質的な負担額は、契約書に記載された100万円を超えます。
契約締結後にこの条項へ気付いても、価格を変更できないことがあります。必ず契約前に、税金をどちらが負担するのか確認しましょう。
5.租税条約を適用できるか確認する
日本と契約相手の居住地国との間に租税条約がある場合、源泉税率が軽減されたり、日本での課税が免除されたりする可能性があります。
ただし、租税条約は自動的に適用されるとは限りません。
原則として、租税条約による軽減・免除を受けるためには、必要書類を支払者経由で税務署へ提出します。国税庁は、源泉徴収に関する租税条約の届出書について、原則として支払日の前日までの提出を求めています。期限までに提出していなければ、いったん国内法の税率で源泉徴収し、後日還付手続きを行うことになる場合があります。
契約書を確認するときは、次のスケジュールも確認します。
・最初の支払日はいつか
・契約相手から居住者証明書を取得できるか
・租税条約の届出書を誰が準備するのか
・手続きが間に合わない場合の税金を誰が負担するのか
・還付手続きに相手方が協力する義務があるか
租税条約の確認を送金直前まで後回しにすると、支払いが遅れたり、想定外の資金負担が発生したりします。
6.消費税の取扱いを確認する
海外企業からサービスを購入した場合、請求書に日本の消費税が記載されていないからといって、消費税の検討が不要とは限りません。
特に注意したいのが、次のようなデジタルサービスです。
・クラウドサービス
・オンラインソフトウェア
・データベース利用料
・Web広告
・電子書籍や映像配信
・オンラインプラットフォーム利用料
・セキュリティサービス
・データ保存サービス
国外事業者がインターネット等を通じて国内の事業者や消費者に提供する一定の「電気通信利用役務」は、国外から提供される場合でも、日本の消費税上の国内取引となることがあります。事業者向けサービスでは、受け手側が申告するリバースチャージ方式の検討が必要になる場合もあります。
契約書では、次の表現を確認します。
・VAT exclusive
・VAT inclusive
・Sales tax
・GST
・Consumption tax
・Reverse charge
・Taxes imposed in the customer’s jurisdiction
また、日本の消費税だけでなく、相手国のVATやGSTが請求されていないかも確認が必要です。
7.日本にPEが生じる可能性を確認する
PEとは、Permanent Establishmentの略で、日本語では「恒久的施設」といいます。
海外企業が日本国内にPEを持つ場合、そのPEに帰属する所得について、日本で法人税の申告が必要になる可能性があります。
契約書に次のような内容がある場合は注意が必要です。
・海外企業の社員が長期間日本に滞在する
・日本国内に専用の事務所や作業場所を設ける
・日本側の担当者が海外企業を代理して契約を締結する
・設備の据付けや建設工事を日本で行う
・日本国内で継続的に営業活動を行う
・出向者や派遣社員が日本法人の事業に深く関与する
PEの有無によって、外国法人に対する日本の課税関係は変わります。
ただし、PEは契約書の文言だけで決まるものではありません。実際の滞在期間、権限、活動内容、施設の使用状況なども含めて判断されます。
契約上は「独立した業務委託先」となっていても、実態が異なれば税務上の判断も変わる可能性があります。
8.海外関連会社との契約は移転価格を確認する
契約相手が海外子会社、海外親会社、兄弟会社などの国外関連者である場合は、移転価格税制の検討が必要です。
次のような契約は特に注意が必要です。
・経営管理料
・本社管理費の配賦
・技術支援料
・ロイヤルティ
・ブランド使用料
・グループ内融資の利息
・システム利用料
・研究開発費の負担
・出向者人件費の精算
契約書に金額が書かれているだけでは十分ではありません。
・なぜその金額になったのか
・第三者間でも同じ条件になるのか
・実際にサービスを受けているのか
・費用の配賦基準は合理的か
・契約内容と請求内容が一致しているか
といった説明が必要です。
日本の移転価格税制では、国外関連者との取引価格が独立した第三者間の価格と異なり、日本から所得が流出していると判断された場合、独立企業間価格で取引したものとして課税される可能性があります。
契約書、請求書、業務報告書、価格算定資料を一体として保存することが重要です。
9.支払通貨・為替レート・送金費用を確認する
税務だけでなく、採算管理の面でも支払条件は重要です。
契約書では次の点を確認します。
・支払通貨は円、米ドル、ユーロのどれか
・為替レートをいつの時点で確定するか
・銀行手数料をどちらが負担するか
・中継銀行手数料を誰が負担するか
・源泉税控除後の金額を送金するのか
・支払遅延時の利息は何%か
・為替変動時に価格を見直せるか
長期契約を外貨建てで締結すると、売上や原価が変わらなくても、為替変動によって利益が大きく変わることがあります。
契約締結時には利益が出る計算だったにもかかわらず、円安や円高によって赤字になるケースもあります。
契約書を確認する際は、現在の為替レートだけでなく、一定の変動幅を想定した採算シミュレーションを行うことが大切です。
10.物品取引ではインコタームズを確認する
海外から商品や機械を輸入する契約では、価格だけでなくインコタームズを確認します。
インコタームズは、運賃、保険、輸出入手続き、危険負担などを売主と買主のどちらが負担するかを定める国際的な取引条件です。現在一般に使用されている最新版はIncoterms 2020です。
例えば、次のような条件によって、日本企業の負担額は変わります。
・EXW
・FOB
・CIF
・DAP
・DDP
特に確認したいのは、次の点です。
・輸入者は誰になるのか
・関税を負担するのは誰か
・輸入消費税を負担するのは誰か
・国際運賃や保険料が価格に含まれているか
・所有権や危険負担がいつ移転するか
・通関書類の名義は誰になるのか
「商品代金が安い」という理由だけで契約すると、輸送費、関税、輸入消費税、通関費用を加えた総額では割高になることがあります。
11.解約金・損害賠償金の税務処理も確認する
英語契約書には、次のような条項が入っていることがあります。
・Termination Fee
・Cancellation Fee
・Liquidated Damages
・Penalty
・Indemnification
・Early Termination Charge
これらの金銭が、サービスの対価なのか、損害の補償なのかによって、消費税や法人税の取扱いが変わる可能性があります。
名称が「Penalty」だから税務上も必ず損害賠償金になるとは限りません。
契約終了後もサービスを受けられるのか、逸失利益を補填するものなのか、未払代金を精算するものなのかなど、支払いの実質を確認する必要があります。
12.紙の英文契約書は印紙税も確認する
契約書が英語で作成されていても、日本の印紙税の検討が不要になるわけではありません。
印紙税は契約書の名称や使用言語だけでなく、記載内容や作成目的に基づいて課税文書に該当するかを判断します。
また、同じ契約書を紙で2通作成し、双方が原本として保管する場合、それぞれが課税文書に該当する可能性があります。
一方、国税庁は、電子メールで送信する電子署名付きの電磁的記録について、電磁的記録は印紙税の対象となる「文書」に含まれないと説明しています。
ただし、電子契約を後から紙の変更契約書や覚書にすると、別途印紙税の検討が必要になることがあります。
英語契約書を締結する前のチェックリスト
契約書へ署名する前に、最低限、次の項目を確認しましょう。
□ 何の商品・サービス・権利に対する支払いか
□ 契約相手、請求書発行者、送金先は一致しているか
□ 海外企業への支払いに源泉徴収が必要か
□ 税金を日本側と海外側のどちらが負担するか
□ グロスアップ条項が入っていないか
□ 租税条約を適用できるか
□ 居住者証明書や届出書をいつ取得するか
□ 消費税やリバースチャージの対象にならないか
□ 日本国内で役務提供や長期滞在が行われないか
□ 海外関連会社との価格に合理的な根拠があるか
□ 為替変動後も利益を確保できるか
□ 関税、輸入消費税、運賃を誰が負担するか
□ 解約金や損害賠償金の性質が明確になっているか
□ 紙の契約書に印紙税が必要か
英語を読めることと、税務リスクを発見できることは別です
英語契約書を正確に翻訳できても、税務上の問題を発見できるとは限りません。
海外取引では、契約条件によって、源泉税、消費税、法人税、関税、移転価格、為替損益、資金繰りが連動して変化します。
契約締結後に問題が判明すると、海外企業との価格交渉をやり直すことが難しく、日本企業側だけが追加負担を負うこともあります。
そのため、英語契約書は署名直前ではなく、条件交渉の段階で税務・財務の観点から確認することが重要です。
ダヴィンチコンサルティング株式会社では、海外取引を行う中小企業やオーナー企業に対し、契約条件、採算、資金計画、為替リスク、海外取引体制の整理を支援しています。
具体的な税務判断、源泉徴収、租税条約の届出、税務申告については、辻国際税理士事務所が対応します。契約内容に法的な検討が必要な場合は、必要に応じて弁護士等との連携も行います。
海外企業との新規契約、英文契約の更新、海外子会社との契約、海外サービスへの支払いを予定している場合は、契約締結前にご相談ください。
契約書の内容だけでなく、税金を含めた実質負担額と、取引後に会社へ残る利益まで確認します。
※本記事は一般的な情報を提供するものであり、個別の契約や税務上の取扱いは、取引内容、相手国、租税条約、役務提供場所等によって異なります。
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