海外企業との取引では、契約書の重要性が日本国内取引よりも一段高くなります。
国内取引であれば、仮に契約書に多少の不備があっても、商習慣、民法、裁判所、税務実務などによって、ある程度は予測可能な対応ができます。
しかし、海外取引では事情が大きく異なります。
相手国の法律、裁判制度、税制、商習慣、言語、送金規制、為替、紛争解決方法が絡むため、契約書に重要な条項が抜けていると、後から非常に大きな損失につながることがあります。
特に中小企業やオーナー企業が海外企業と契約する場合、「英語の契約書だから相手が作ったものにそのままサインする」というケースもありますが、これはかなり危険です。
海外との契約書で本当に重要なのは、立派な英文表現ではありません。
トラブルが起きたときに、どこの国のルールで、どこで争い、誰が税金や費用を負担し、どのように代金を回収できるのか。
ここが明確になっているかどうかです。
この記事では、海外企業との契約書で“絶対に外してはいけない条項”について、実務目線で解説します。
1. 準拠法条項:どこの国の法律で判断するのか
海外契約でまず確認すべきなのが、準拠法条項です。
準拠法とは、契約の解釈や効力について、どこの国の法律を適用するかを定めるものです。
たとえば、次のような条項です。
This Agreement shall be governed by and construed in accordance with the laws of Japan.
これは、「本契約は日本法に準拠し、日本法に従って解釈される」という意味です。
この条項がない場合、トラブルが起きたときに、どこの国の法律が適用されるのかが問題になります。日本法なのか、相手国の法律なのか、取引地の法律なのか、判断が複雑になることがあります。
特に注意したいのは、相手方が作成した契約書に、相手国の法律が当然のように指定されているケースです。
たとえば、日本企業が海外企業にサービスを提供する契約であるにもかかわらず、相手国法が準拠法になっている場合、日本企業にとって不利な解釈になる可能性があります。
もちろん、必ず日本法にすべきというわけではありません。取引の内容、相手国、交渉力、紛争時の実効性によって判断する必要があります。
重要なのは、準拠法を空欄にしないことです。
2. 裁判管轄・仲裁条項:どこで争うのか
準拠法とセットで重要なのが、裁判管轄または仲裁条項です。
準拠法が「どこの国の法律で判断するか」を決める条項であるのに対し、裁判管轄・仲裁条項は「どこで争うか」を決める条項です。
たとえば、次のような内容です。
- 東京地方裁判所を専属的合意管轄裁判所とする
- シンガポール国際仲裁センターで仲裁する
- 日本商事仲裁協会の仲裁規則に従う
- 香港、シンガポール、ロンドンなどで仲裁する
海外契約では、裁判よりも仲裁が選ばれることも多くあります。
その理由は、外国で裁判をして勝訴しても、その判決を相手国で実際に執行できるかという問題があるためです。仲裁の場合、国際的な枠組みにより、仲裁判断を外国で執行しやすいケースがあります。
ただし、仲裁には費用が高くなりやすいというデメリットもあります。少額取引で海外仲裁を指定すると、いざ紛争になったときに費用倒れになる可能性もあります。
そのため、契約金額や取引規模に応じて、裁判にするのか、仲裁にするのかを検討する必要があります。
ここで避けるべきなのは、次のような状態です。
- どこの裁判所で争うのか決まっていない
- 準拠法は日本法なのに、裁判地は相手国になっている
- 仲裁と裁判の両方が曖昧に書かれている
- 相手方だけが有利な場所で争える内容になっている
海外契約では、紛争解決条項が曖昧だと、実際にトラブルが起きたときに交渉力を一気に失います。
3. 支払条件・通貨・為替条項:いつ、いくら、どの通貨で払うのか
海外取引では、支払条件も極めて重要です。
国内取引であれば「月末締め翌月末払い」などで済むこともありますが、海外取引では次の点を明確にする必要があります。
- 支払通貨は円か、米ドルか、ユーロか
- 支払日はいつか
- 送金手数料は誰が負担するか
- 為替差損益は誰が負担するか
- 前払いか、後払いか
- 分割払いか、一括払いか
- 支払遅延時の利息はどうするか
特に注意すべきなのが、為替リスクです。
たとえば、契約金額が米ドル建ての場合、日本企業側では売上や費用を円換算する必要があります。契約締結時と入金時で為替レートが大きく動けば、想定していた利益が減ることがあります。
また、海外送金では銀行手数料や中継銀行手数料が差し引かれ、請求額より少ない金額が入金されることもあります。
そのため、契約書には次のような点を明確にしておくべきです。
- 送金手数料は支払者負担とする
- 請求通貨と支払通貨を明確にする
- 支払遅延時の利息を定める
- 為替換算が必要な場合の基準日・基準レートを決める
海外取引では、「代金をいくらにするか」だけでなく、実際にいくら入金されるかまで設計する必要があります。
4. 税金条項:源泉税・消費税・VAT・GSTを誰が負担するのか
海外契約で非常に見落とされやすいのが、税金条項です。
特に、海外企業に対してロイヤリティ、コンサルティング報酬、役務提供料、利息、配当などを支払う場合、源泉税が問題になることがあります。
また、相手国側でVAT、GST、Sales Taxなどが発生するケースもあります。
契約書に税金条項がないと、後から次のような問題が起きます。
- 請求額から源泉税を控除してよいのか
- 源泉税控除後の金額を支払えばよいのか
- 税引後で契約金額を保証する必要があるのか
- VATやGSTを別途請求できるのか
- 租税条約の適用手続を誰が行うのか
- 税務調査で否認された場合の負担は誰がするのか
特に注意したいのが、グロスアップ条項です。
グロスアップ条項とは、源泉税などが差し引かれる場合でも、受取側が手取りで一定額を受け取れるように、支払側が追加負担する条項です。
海外企業が作成した契約書には、受取側に有利なグロスアップ条項が入っていることがあります。日本企業が支払側の場合、その条項に気づかずサインすると、想定外の税負担を負う可能性があります。
海外契約では、税金条項を必ず確認すべきです。
特に国際税務の観点では、契約書の文言が税務上の判断に影響することもあります。単なる法務チェックだけでなく、税務面からの確認も重要です。
5. 業務範囲・成果物条項:何をどこまで提供するのか
海外企業との契約では、業務範囲や成果物を曖昧にしないことも重要です。
特にコンサルティング契約、業務委託契約、開発契約、マーケティング支援契約などでは、次の点を明確にすべきです。
- 提供する業務の範囲
- 成果物の内容
- 納品形式
- 納期
- 修正対応の回数
- 追加業務の料金
- 相手方が提供すべき資料や情報
- 業務完了の判断基準
海外取引では、言語や商習慣の違いにより、「当然ここまでやってくれると思っていた」という認識のズレが起きやすくなります。
そのため、契約書にはできるだけ具体的に業務範囲を記載する必要があります。
特に重要なのは、含まれる業務だけでなく、含まれない業務も明記することです。
たとえば、税務コンサルティング契約であれば、次のような線引きが必要です。
- 申告書作成まで含むのか
- 税務調査対応は含むのか
- 租税条約届出書の作成は含むのか
- 海外子会社とのやり取りは含むのか
- 翻訳業務は含むのか
- 法律意見書の作成は含むのか
この線引きが曖昧だと、契約金額に見合わない過大な業務を求められる可能性があります。
6. 知的財産権条項:成果物の権利は誰に帰属するのか
海外企業との契約では、知的財産権の帰属も重要です。
特に、システム開発、デザイン制作、記事作成、マーケティング資料作成、コンサルティングレポート作成、ノウハウ提供などでは、成果物の権利が問題になります。
確認すべきポイントは次のとおりです。
- 成果物の著作権は誰に帰属するのか
- ノウハウやテンプレートは譲渡対象に含まれるのか
- 既存資料や既存ノウハウの利用権はどうなるのか
- 成果物を第三者に再利用できるのか
- 相手方が成果物を改変できるのか
- 商標やブランド名の使用は許可されているのか
特にコンサルティング業務では、成果物そのものよりも、提供者側のノウハウや分析手法に価値があります。
契約書で知的財産権を広く譲渡する内容になっていると、自社のノウハウまで相手方に移転したように解釈されるリスクがあります。
そのため、成果物の利用許諾と、既存ノウハウの権利は分けて整理することが大切です。
7. 秘密保持条項:どこまで秘密情報として守るのか
海外取引では、秘密保持条項も必須です。
特に、次のような情報を相手方に開示する場合は注意が必要です。
- 顧客情報
- 財務情報
- 価格情報
- 技術情報
- 税務情報
- 事業計画
- 取引先情報
- 個人情報
- 未公開の投資情報
秘密保持条項では、単に「秘密情報を漏らしてはいけない」と書くだけでは不十分です。
次の点を明確にする必要があります。
- 秘密情報の定義
- 秘密保持義務の期間
- 開示できる相手の範囲
- 弁護士、税理士、会計士、銀行などへの開示可否
- 法令や裁判所命令による開示の場合の取扱い
- 契約終了後の資料返還・廃棄
- 違反時の損害賠償
海外取引では、一度情報が流出すると、相手国での回収や差止めが難しい場合があります。
特に、価格表、顧客リスト、営業資料、税務スキーム、投資資料などは、契約前の段階からNDAを締結しておくことが望ましいです。
8. 契約解除条項:どのような場合に契約を終了できるのか
海外企業との契約では、契約解除条項も重要です。
契約解除条項が不十分だと、相手方の対応が悪くても契約を終了しにくいことがあります。
特に次のようなケースでは、解除できるようにしておくべきです。
- 支払遅延
- 重大な契約違反
- 秘密保持義務違反
- 反社会的勢力・制裁対象者との関係
- 破産・清算・支払不能
- 許認可の取消し
- 法令違反
- 長期間の連絡不能
- 不正行為や信用不安
また、解除した場合に、既に発生している報酬や費用をどう精算するかも重要です。
契約終了後に、次の条項が存続するかも確認すべきです。
- 秘密保持
- 損害賠償
- 知的財産権
- 税金負担
- 紛争解決
- 競業避止
- 未払金の支払義務
契約を終了したらすべての義務が消えるわけではありません。
むしろ、契約終了後に問題になる条項こそ、最初から丁寧に設計しておく必要があります。
9. 不可抗力条項:戦争・感染症・輸出規制・送金停止に備える
海外取引では、不可抗力条項も重要です。
不可抗力とは、当事者の責任ではない事情により契約を履行できなくなることをいいます。
たとえば、次のようなケースです。
- 戦争
- テロ
- 暴動
- 自然災害
- 感染症
- 政府規制
- 輸出入規制
- 経済制裁
- 送金規制
- サイバー攻撃
- 物流停止
近年は、感染症、地政学リスク、経済制裁、輸出規制、国際送金の制限など、海外取引に影響するリスクが増えています。
不可抗力条項では、単に「不可抗力の場合は責任を負わない」と書くだけでなく、次の点を定めるべきです。
- 不可抗力に該当する事由
- 通知義務
- 履行期限の延長
- 一定期間継続した場合の解除権
- 既に発生した支払義務の扱い
- 代替手段を取る義務の有無
海外契約では、予期しない外部環境の変化が起きることを前提に、契約を設計する必要があります。
10. コンプライアンス条項:制裁・贈収賄・輸出管理に注意する
海外契約では、コンプライアンス条項も欠かせません。
特に、次の分野は注意が必要です。
- 経済制裁
- 輸出管理
- 贈収賄防止
- マネーロンダリング防止
- 個人情報保護
- 反社会的勢力排除
- 人権・強制労働
- 環境規制
海外企業との取引では、相手方が制裁対象者や制裁対象国と関係していないかを確認する必要があります。
また、代理店契約や販売店契約では、相手方が現地で不適切な支払いを行った場合、自社にもレピュテーションリスクや法的リスクが及ぶことがあります。
契約書には、相手方が関連法令を遵守すること、違反があった場合には契約解除できることを定めておくべきです。
11. 責任制限条項:どこまで損害賠償責任を負うのか
海外契約では、損害賠償責任の範囲も重要です。
契約書に責任制限条項がない場合、想定外に大きな損害賠償請求を受ける可能性があります。
特に、次の点を確認すべきです。
- 損害賠償の上限額
- 間接損害を除外するか
- 逸失利益を除外するか
- 特別損害を除外するか
- 故意・重過失の場合は例外とするか
- 秘密保持違反や知的財産権侵害は例外とするか
たとえば、契約金額が100万円であるにもかかわらず、相手方の事業損失として数千万円、数億円の損害賠償を請求される可能性がある契約は、非常に危険です。
契約金額とリスクのバランスを取るためにも、責任制限条項は必ず確認すべきです。
12. 言語条項:日本語版と英語版のどちらが優先するのか
日本企業と海外企業の契約では、日本語版と英語版を作成することがあります。
この場合、必ず確認すべきなのが、どちらの言語が優先するかです。
たとえば、日本語版と英語版で内容が異なる場合、どちらを正式な契約文として扱うのかを定めておく必要があります。
よくある条項は次のようなものです。
In case of any discrepancy between the English version and the Japanese version, the English version shall prevail.
これは、「英語版と日本語版に不一致がある場合、英語版が優先する」という意味です。
海外企業が作成した契約書では、英語版優先になっていることが多いです。
日本企業側が英語契約に不慣れな場合、英語版優先条項により、日本語で理解していた内容と実際の法的効果が異なる可能性があります。
契約書を二言語で作成する場合は、言語条項を必ず確認しましょう。
まとめ:海外契約で本当に怖いのは「契約書があること」ではなく「重要条項が抜けていること」
海外企業との契約では、契約書があるだけでは十分ではありません。
重要なのは、トラブルが起きたときに実際に機能する条項が入っているかどうかです。
特に、次の条項は必ず確認すべきです。
- 準拠法条項
- 裁判管轄・仲裁条項
- 支払条件・通貨・為替条項
- 税金条項
- 業務範囲・成果物条項
- 知的財産権条項
- 秘密保持条項
- 契約解除条項
- 不可抗力条項
- コンプライアンス条項
- 責任制限条項
- 言語条項
海外契約では、契約書の一文が、将来の税務リスク、回収リスク、訴訟リスク、為替リスクを大きく左右します。
特に、源泉税、VAT、GST、租税条約、海外送金、為替、PEリスクなどが絡む契約では、法務だけでなく、国際税務の観点からの確認も重要です。
海外企業との契約書にサインする前に、「英文として正しいか」だけでなく、「税務・会計・資金回収・紛争解決まで含めて自社を守れる内容になっているか」を確認することが大切です。
海外企業との契約書、国際取引に関する税務処理、源泉税、租税条約、海外送金、外貨建取引などでお困りの場合は、お気軽にご相談ください。
財務コンサルティングのお問い合わせ